▼ 『携帯SIMロックフリーの影響分析』 エグゼクティブサマリー
2007年初め、総務省が 「モバイルビジネス研究会」 を発足した。その目玉は 「SIMロックフリー」 「インセンティブモデル (販売奨励金制度) 廃止」、そして 「MVNOモデルの是正」 である。このうち、現在の大手携帯キャリア3社はじめ、それに連なる垂直統合型モデルの関連プレイヤー、そしてユーザーにとってもインパクトが大きいと予想されるSIMロックフリーおよび奨励金廃止の問題は、今後の我が国のモバイル市場を占う上での喫緊の課題と位置付けられている。
現在の日本の携帯電話市場を国際的な視点から見ると、高機能端末のみに特化したその特異性が浮き彫りとなる。それでも市場が右肩上がりであれば問題はなかった。キャリア3社にとって、携帯サービスを販売するのはそれほど難しいことではなかったからである。まだ携帯電話を知らない未加入者に、「携帯サービスどうですか?こういうすごいものがありますよ」 という明快なメッセージで訴え、技術革新で市場をけん引してくればうまくいっていた。
日本の特異性を自動車業界に例えるならば、海外ではワゴンや軽自動車が普通に街を走っているのに、日本ではSUVタイプの高級車だけが走っているような状況であろう。しかも、その高級車を年に数回モデルチェンジし、売れ残った車は後にタダ同然でユーザーにあげてしまう。自動車に例えたから特異に感じるのか、それとも日本の携帯電話業界にどっぷり浸っているから感覚が麻痺してしまったのか。いずれにしても、「携帯とはこういうもの」 というブランドを植え付けて市場をけん引してきたキャリア側の戦略は、日本を世界有数の移動体通信先進国に引き上げたという点においては成功したといえよう。
しかし、市場のパイが飽和状態に近付いている昨今では、従来のマーケティング手法も変わりつつある。市場を広げるマーケティングから、他社シェアを奪うマーケティングへの転換である。キャリア3社にとって今の純増数とは、未加入者を指すのではなく、明らかに他社加入者からの転入者を指しているのは疑いようもない。堅調に加入者を増やしているKDDIおよびソフトバンクモバイルにとって、市場はまだ飽和しておらず、従来の垂直統合型ビジネスの有効性を訴えている面も伺える。一方、一人負けのNTTドコモ側は、市場の限界を認めた上での新たな枠組みに耳を傾けながら、自社ユーザー離れが加速化するような競争政策には議論を濁している印象もみえる。「モバイルビジネス研究会」 は、まさにそんな業界の過渡期に発足したのである。
本レポートでは、先に公表された総務省の 「モバイルビジネス研究会」 第10回会合で提案された報告書を基に、特にSIMロックフリーおよびそれに伴う販売奨励金の問題を中心に、ROA Group独自の視点で課題を整理した。また、今後の日本移動体通信市場の影響および方向性を見定めることを目的としている。
従って、本レポートはこれまでの日本独自の垂直統合型ビジネスの是非を論じるものではなく、かつまた今後の新たなビジネスモデルを提言するものでもない。あくまでも同研究会の報告を踏まえた上でSIMロックフリーが到来するかもしれない近い将来のシナリオケースを想定し、それぞれのシナリオについてバリューチェーンの各レイヤー別にどういう影響を受けるかを予測する点に主眼を置いた。レイヤー構成は比較できるよう単純化し、端末メーカー、コンテンツプロバイダ、携帯キャリア、そして販売代理店の4つに設定した。
モバイルビジネス研究会の報告書では、キャリアや代理店が多用するポイント制度、そして奨励金に関するキャリア側の会計処理の問題にまで踏み込んだ議論がなされているが、マクロ視点でレイヤー分析を行う今回のレポートでは割愛する。以上を踏まえてROA Groupが本レポートでシナリオとして想定したのは、以下の3つのケースである。
[表] モバイルビジネス環境の将来シナリオ
![【表】モバイルビジネス環境の将来シナリオ[携帯SIMロックフリーの影響分析]](/upload/handload/img/roa_mslf_img1.jpg)
本レポートではこの3つのシナリオに基づくケーススタディのビジネスモデルを把握し、それぞれにおいて各レイヤーの事業変化、ユーザーの買い替えサイクルおよび端末市場規模、そしてケース別のレイヤーの収益方向性を分析した。
一方、SIMロックや販売奨励金の撤廃に伴う各レイヤーの主要プレイヤー単位での影響分析は本レポートではあえて割愛する。例えば、SIMロックフリーに伴う影響として、当然W-CDMA方式を採用するNTTドコモおよびソフトバンクモバイルに対するそれと、CDMA2000 方式を採用するKDDIのそれとでは大きく異なる。しかしながら、本レポートではあえて携帯キャリアというレイヤー単位での影響分析としている点をご了承いただきたい。最後に、現在の携帯市場を厳密にモデル化するためには、2007年3月末に3Gサービスを開始したイー・モバイル社の存在を無視できない。しかしながら、これまでの垂直統合型モデルを簡素化して議論を展開する上において、新興勢力であるイー・モバイル社については言及しない点も併せてご了承いただきたい。
~ 調査プロセス ~
本レポートにおける推測値は、ROA Groupが定期発行する 『日本携帯電話市場の予測』 で使用される独自の予測手法を適用している。この予測手法は、移動体通信市場におけるキープレイヤーであるキャリアについての基本調査 (Primary & Secondary)、およびROA Groupの社内レポートやデータベース、蓄積されたノウハウに基づいて行われている。また、一部の方向性予測においては、定性的な要素に基づいている。
~ 調査範囲 ~
2007年初めから9月までの9カ月間におけるモバイルビジネス研究会の報告書ならびに市場活性化案を基に、今後2011年頃までに想定される政策上のイベントを抽出する。このイベントを基に簡素化したケーススタディのモデルを導き出し、それぞれにおいて可能な限りあらゆる視点から分析を行う。対象プレイヤーは特に3Gキャリア3社を中心に範囲を絞っており、PHSサービスや新興サービスについては調査対象外とした。
分析に際しては、2000年度から現在に至るまでの日本移動体通信市場の概要や実績、さらにROA Groupの発刊レポートを参照にしている。また、日本市場の経済、規制概念、プレイヤー動向、ユーザーのライフスタイル等の特徴も考慮しつつ、独自の視点で分析を加える。